「複勝転がし」という、極めて不利なのに市民権を得ている謎の馬券戦略について

「複勝転がし」とは?

「複勝転がし」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

聞いたことがない方のため、一応説明すると「複勝を購入して、当たった場合はその払い戻し金を次のレースの複勝に入れる。当たればまた払い戻しで次のレースの複勝を買って……」と繰り返すこと。一度でも外れればゼロ円になるが、連続で当たれば複利効果で元手が何十倍にも増える、という作戦だ。

「少額の元手で複数レースを遊ぶことができ、上手くいけば大きく勝てる」という性質から時には“初心者にオススメ”という言説すら見かける。

わたしから言わせてもらうと、これはとんでもない誤謬である。「複勝転がし」は極めて不利な馬券戦略だ。その理由を説明しよう。

払戻率と「期待値0.8」の前提

大前提として馬券には「払戻率」が存在する。

払戻率とは「売上の何%が的中者への払戻に充てられるか」を示したもので、JRA・地方競馬各主催者が券種ごとにそれぞれ払戻率を設定している。複勝の場合は80%だ。

仮にレースや競走馬ごとの個別具体的な「過大評価⇔過小評価」が存在しない世界であれば、この「払戻率」は「期待値」とイコールになる。元返しの複勝は80%の確率で当たり、2倍なら40%、8倍なら10%という計算だ。

実際にはこの確率が一律でなく、いかに期待値が高い目を探すかが馬券購入者の「実力」である。裏を返せば「平均的な実力」のプレイヤーが買う馬券は、長期的に見ると「期待値0.8」に収束する。(長期的に見て期待値0.8のプレイヤーを「平均的」と呼ぶ……とも表現できる。タマゴが先かニワトリが先か。)

この原則に基づいて、複勝転がしという戦略について考察してみよう。

「複勝2.0倍の5コロ」シミュレーション

計算と想像がしやすいように、例として「複勝2倍を5回転がす」というケースを想定しよう。

(的中確率)×(オッズ)=(期待値)

の計算式に当てはめると、1コロ(転がし)成功の確率は

(的中確率)×2.0=0.8
(的中確率)=0.8÷2

つまり0.4と求められる。これを5連続で成功するには

0.4×0.4×0.4×0.4×0.4=0.01024

の式から、5コロ成功率は1.024%と計算できる。成功すると元手が2倍の2倍の2倍の2倍の2倍……すなわち32倍になる。1000円でスタートすれば、5レース連続成功の暁には3万2000円が手元にある状態だ。

*****

これに対し、「一発勝負で32倍の的中を狙う」ならどうか。

(的中確率)×(オッズ)=(期待値)

の計算式に当てはめると……

(的中確率)×32=0.8
(的中確率)=0.8÷32

よって的中確率は0.025(2.5%)という計算になる。1000円賭けて的中した暁には32倍、3万2000円が手元に残る。

元手も成功時の結果も全く一緒なのに、複勝転がしを5回経由した場合は「成功率1.024%」しかなく、一発勝負の32倍狙いなら「成功率2.5%」。確率が倍以上違う。いかに複勝転がしが不利か、このシミュレーションから分かるだろう。

複勝転がしが不利な理由

今は「2倍を5回転がす」で想定したが、せっかくなのでもう少し一般化しよう。

複勝x倍をn回転がして、元手を「xのn乗」倍にするのを「複勝転がし」と定義する。

1コロ成功確率は「0.8/x」。つまりnコロ成功確率は「0.8のn乗/xのn乗」となる。

一方、一発勝負で「xのn乗」倍の馬券を買う場合、的中確率は「0.8/xのn乗」となる。

複勝転がし一発勝負にどのくらいの差が出るか計算しよう。

 「複コロ成功率」÷「一発勝負成功率」

=(「0.8のn乗」÷「xのn乗」)÷(「0.8」÷「xのn乗」)

 「0.8のn乗」×「xのn乗」
=―――――――――――――
   「xのn乗」×0.8

=「0.8のn乗」÷0.8

=「0.8のn-1乗」

したがって何倍で転がすかを問わず、nコロは一発勝負に比べて「0.8のn-1乗」の確率でしか成功しない。

2コロなら0.8倍、3コロで0.64倍、4コロで0.512倍。この時点で一発勝負の半分程度しか成功率がなくなる(≒難易度2倍)。8コロもすれば0.209…倍となり、普通に1レース買うのに比べて難易度5倍である。

我々は1レース100円の馬券を買うごとに、JRAなどの主催者に「20円の参加料」を払っているようなものだ。転がし回数を増やせばその都度「参加料」を徴収されるのだから、不利になって当然だ。

「目標金額を決めて複勝を転がす」という人をしばしば見かけるが、それをするくらいなら一発で目標金額に届く馬券を買う方が賢明だ。まあ、楽しみ方は人それぞれなので止めはしないが……。

まとめ

最後に内容をまとめておく。

・「複勝転がし」は初心者向けと言われることもあるが、実際には不利な戦略
・nコロ成功の確率は、同じ配当を一撃で狙う場合の「0.8のn-1乗」倍しかない
・転がすと1レースごとに「参加料」を徴収されるようなもの

なぜこんな記事を書いたかというと「JRA FUN」なる公式に近いサイトが、Youtubeチャンネルで「初心者向けの馬券術 複勝ころがし」というサムネをドーンと出していたから。全然初心者向けじゃねえだろ、とツッコミたい衝動に駆られてしまった。

転がしで潤うのはJRAの懐だ。再び先のシミュレーションを引き合いに出すと、1000円購入で一撃3万2000円ゲットなら、JRAにとって「売上」は1000円。しかし1000円購入で的中→2000円購入で的中→4000円購入で的中→8000円購入で的中→1万6000円購入で的中ならどうか? JRAに「売上」が3万1000円も入る

(さすがにそこまで考えていないだろうが、)結果的にはプレイヤーが損をしやすく、JRAの売上が飛躍的に上がりやすい「複勝転がし」をYoutubeで推奨するとは、緑もなかなかアコギなことをするなあ、と思ってしまったのでした。以上!

皆さんもこういうケチくさい性格にならず、ご自身が楽しい馬券戦略をとればいいと思います!

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鈴木ユウヤ

東大卒競馬ライター。中央競馬、南関東競馬を中心に情報発信している。単勝&ワイド。攻めて勝つ。