SP理論とは
競馬の最大の魅力とは何だろうか?
ひとことで表すのは困難だが、わたしはこう答える。
逆転が起きることだ、と。
競馬には“逆転のスポーツ”という側面がある。たとえば2400mという距離を走りながら、直線では目まぐるしく馬順が入れ替わり、ゴールまで残り1mという地点で勝ち馬が変わったりする。あるいは、たったひと月前に負けた馬が、次のレースで同じライバルに雪辱を果たすことだってある。このような短期と長期の逆転が起きるからこそ、競馬は他公営競技、あるいはスポーツのレース種目に比べて見ごたえがあり、また予想の奥深さ、面白さも生まれているのではないだろうか。少なくとも、わたしはそう考えている。
これが中学校の運動会だったらどうだろうか。運動音痴のS君(わたし)は、何回やっても学年イチの俊足であるA君には勝てないし、何回やってもスタートダッシュからA君がリードをとって押し切るだけの単調な競走になる。それの何が面白いのか。
話を戻そう。戦うたびに逆転の可能性があるというのはつまり、自分より能力がある……端的に言うとより脚が速い馬や、スタミナに長けた馬を、レース条件や戦略次第で負かすことができるということ。これこそが競馬の醍醐味なのである。
競馬には「負けて強し」という言葉がある。それは言い方を変えれば、強いだけでは勝てないこともある、という事実を表している。騎手の立てる作戦を忠実に遂行し、有利な戦いに持ち込むのもまた、競走馬にとって重要な資質である。「上手い」と「強い」は独立した2つの評価軸として存在し、競走馬を形成しているのだ。
さて、そんな考えが根底にあり、一度この「上手い」と「強い」の概念を文字に起こしたことがある。かつて別名義でアメブロを書いていたときのものだが、そのままざっくり引用しよう。
競走馬の能力「S」と「P」
まず、言葉の定義、“ワーディング”からやっていく。私が憧れてやまない、「独自予想理論」に欠かせないのがこの“ワーディング”。独特の造語で競馬の予想を説明されると何故かワクワクする。『脚層』『実走着差』『血統ビーム』『PP指数』とかね。いや全然どれも実態はよく知らないし、別に傾倒もしてないけど。
よく使われる「レースセンス」という言葉があるが、個人的にはあまり語感として好きでない。というのも「センス」という表現は先天的なものを思わせるが、競走馬の「レースセンス」は実際のところ、教育や経験によって後天的に体得していく面が多分にあるからだ。
一般的に「レースセンス」とされている概念は武道で言う「心技体」の心と技にあたる部分。技、すなわち技術だとすると、【sense】というより【skill】だ。あとは先行力【start】とか、従順さ【submissive】とか? ひっくるめて、「S」の能力と呼ぶことにしよう。
で、この「S」に対置される概念としてある表現が「脚力」。トップスピードであったり、物理的に直線を速く走る能力を指して使われる。これもアルファベット1字で表したい。「P」にしよう。【power】【physical】【potential】で。
競走馬の能力は「S」と「P」の両輪であり、レース条件や状況によって、どちらが着順に表出してくるかの比重が変わる。そんな世界観で競馬を見ていくと、極端な好不調なく、安定した的中を得ることができるのではないだろうか。
引用元:アメブロ『ワイド1点買い競馬』
ざっくり言えば「器用なレース巧者型」=「S型」、「不器用な身体能力型」=「P型」と名前を付けたのである。
これから1年ほど経って、改めてこの分類に向き合い、思ったことがある。
「これに『瞬発力型⇔持続力型』を掛け合わせて4分類にすれば、予想にかなり応用できるんじゃね?」
だ。つまり、馬の適性を「Sキレ型」「S持続型」「Pキレ型」「P持続型」の4つ(実際はどちらとも言えないような馬も出てくるが)に仕分け、レース条件に合うのはどのタイプか、という検討の仕方をするのだ。
以下、この4分類での考え方を「SP理論」と定義しておく。
4つの適性分類から分かること
さて、器用型か身体能力型か、キレる馬か持続力型なのか、という尺度で馬の適性を4分類にしたのが上のイメージ図だ。
当然ながらそれぞれのタイプに適切な買い時、消し時がある。これを整理して予想に役立てていこう。
◆Sキレ型の取扱説明書
Sキレ型の特徴を端的に表すと、「レース巧者でスピードにも長けるが、底力を問われる競馬では見劣る」というタイプになる。能力そのものが高ければコントレイルやジェンティルドンナのような馬になるが、実際には恵まれ待ちの先行馬をここに分類することが多い。
Sキレ型の主な買い条件は「スローペース」「多頭数」「内枠」「内有利馬場」「大箱」「良馬場」。簡単に言えばスローペースのイン前競馬を好位で立ち回り、抜け出しを図るような競馬が合っている。
◆S持続型の取扱説明書
S持続型の特徴を端的に表すと、「いいポジションはとれるが決め手を欠き、勝ち切れないが大負けもしない」というタイプになる。イメージとしてはタイトルホルダーが近いのだが、あの馬はスタミナもありすぎるので分かりやすい例とは言えない。好例はアルアインかな。
S持続型の主な買い条件は「ハイペース」「多頭数」「内有利馬場」「小回り」「少し時計のかかる馬場」。パンチが足りないので、それを補えるようなギミックのあるときが狙い目だ。
◆Pキレ型の取扱説明書
Pキレ型の特徴を端的に表すと、「強烈なトップスピードを持つ反面、ゲートや折り合いに難のある豪快な差し追い込み馬」というタイプになる。究極の例はディープインパクトだろう。フィエールマンもこれに近いかもしれない。
Pキレ型の主な買い条件は「少頭数」「大箱」「スピード馬場」「外枠」「外有利馬場」など。多頭数の小回りなど、脚力だけで解決できない条件だと乗り方が難しくなる。ラジオNIKKEI賞のレーベンスティールみたいになってしまう。
◆P持続型の取扱説明書
P持続型の特徴を端的に表すと、「体力には長けているが操縦性が悪く、好走に諸々の注文がつく」というタイプになる。究極系はゴールドシップのようなイメージだが、まあ実際あそこまで極端な馬はそういない。モズベッロや晩年のキセキあたりもここに分類できるだろう。
P持続型の主な買い条件は「少頭数」「大箱」「ハイペースの消耗戦」「外有利馬場」「外枠」「道悪」などになるが、馬券的に扱いの難しい馬が多い。日本競馬(の特に大レース)において、バテ合いの底力勝負になることは稀なので、どうしても適性外のレースで連戦連敗が続きやすい。そのため人気を落とし、すべてが噛み合った時にだけ穴を開ける大駆けタイプになりがちだ。
以上4つの分類に対し、説明の便宜上、馬名も出してはみた。しかし、実戦上では「イクイノックスはPキレ型、あの馬はP持続型で……」という1対1対応をしておくのではなく、そのレースの出走馬を対象に、相対評価で4つのタイプに分類するのがいいだろう。
ちなみに、適性論がなぜ馬券的に有効かというと「あるレースで勝った」という事象を、ほかのレースを予想する際に無視、それどころかネガティブな要素として解釈することも可能になるから(逆も然り)だ。つまり、「強い馬だけど今回は買わない」「強くはない馬だけど、この条件なら買える」という判断が生まれる。これによって、他者と評価に差異が生まれ、意外な穴馬を見出すことができるのだ。
GⅠレースを例に考える「SP理論」
さて、上記の4分類についてはわたしがなんとなく言っているわけではなく、帰納的に考えて確からしいとするだけの根拠がある。最後に、GⅠレースで見られる事象を例にとって「SP理論」を補強していく。
◆ケース1 ~皐月賞、日本ダービー、菊花賞の関係~
JRA-VANなんかを使ってデータを調べてもらうと分かることなのだが、牡馬クラシックには以下のような関係がみられている。
・皐月賞と菊花賞は好走馬を共有しやすい
・日本ダービーと菊花賞の二冠は(三冠馬を除いて)極めて例が少ない
そう言われると確かにそんな気がする、という話だろうが、これもSP理論から説明がつく。
多頭数の中山、ハイペースが多発する皐月賞は「S持続型」に向くレース条件である。一転、東京芝2400mかつ多くの年で高速馬場を舞台とする日本ダービーは「Pキレ型」が得意とする分野だ。
そしてひと夏越した三冠目はどうか。多頭数かつコーナー6回の競馬で内外の有利不利が大きく、そして一気の距離延長。操縦性の高さと3000mに対応するスタミナが重要で、菊花賞は「S持続型」が結果を残しやすい。皐月賞と菊花賞が好走馬を共有する事象について、明快な理解ができるのではないだろうか。
◆ケース2 ~宝塚記念、ジャパンC、有馬記念の関係~
続いては古馬のGⅠレースだ。こちらにも以下の関係がみられる。
・宝塚記念と有馬記念は好走馬を共有しやすい
・ジャパンCと有馬記念の連続好走は困難である
これも単純に言ってしまえば、宝塚記念は「P持続型」、ジャパンCは「Sキレ型」、有馬記念は「P持続型」向きのレースだから、という説明が効くだろう。当然、それぞれの年の馬場状態や展開に左右されるのは言うまでもないが。
こんなことを考えていくと、この4分類が実用性の高い考え方だと思っていただけるのではないだろうか。平場でも各馬の戦歴を注意深く追っていくと、たとえば「Pキレ型」競馬ばかりで結果を残してきた馬が、小回りの多頭数戦で1番人気になってしまうようなケースが見つかるだろう。これは危険な人気馬と言っていい。
上記のような視点を持つことで「強い馬だから買う」という初歩の部分から進んで、より競馬予想の奥深さを感じることができるはずだ。