【寄稿】2023年上半期『このラップがスゴい!』

回顧・次走注目馬

(文:山村あきお)

はじめに

無敗三冠への祝福と御神本コールが大井を包んだジャパンダートダービーを〆に2023年上半期の日本競馬が正真正銘幕を閉じました。ムーアの魂を宿した本田正重とヒガシウィルウィンがサンライズソアを捉えたあの夏を思います。ウイニングランで正重の名前を叫んだら全く知らない奴の現地観戦動画に声がまるまる拾われてたんだよな。あの頃はまだ歓声も地を揺るがすほどではなかったし、魔界大井もJDDデーですらどこかに普段の雰囲気を漂わせていた。レジャースポットとして完成の域に達したいまの大井を見るに積年の感があります。

このレースを一区切りとして多くのライトファンは2ヶ月ほどの休眠期間に入りますが、わたしですらそれが正しい選択だと思います。夏は競馬よりはっきりと優れた娯楽があると言い切れる唯一の季節です。森永アイスボックスに檸檬堂を入れてかせきさいだぁを聴き、(500)日のサマーを見直すだけで合法的にトベる。

酷暑から這い上がってきた上がり馬が既成勢力を一掃するドラマティカルな菊花賞や秋華賞はそうありませんし、そもそも強い馬が出てこないからレース自体に魅力が乏しい。翻ってわれわれはわれわれ同様IPATに居残る物好きの連中と春秋冬より厳しいオッズで戦わなければならない。いいことが一つもありません。

それでも秋の中山までやることがない方向けに、ことしの中央でいい競馬をした馬を何頭かご紹介します。上半期を対象に光るものを見せた未来のスターホース候補たちを振り返りましょう。

本編

ことしの上半期、JRAではおよそ1700ほどの平地競走が行われました。このうち加速ラップ(いろいろな定義はありますが、ここではラスト2F目→1Fで加速したものとします)は121レース。その中から今回取り上げるのは4頭です。

①アルジーヌ ―キャトルフィーユの娘、秋華賞へ賞金稼ぎ―

アルジーヌ

牝3

父ロードカナロア

母キャトルフィーユ

栗東・中内田充正厩舎

ケイアイファーム生産

1/9 3歳新馬 中京芝1600

13.1-12.4-12.7-12.7-12.8-11.6-11.2-11.1

ロードカナロア×キャトルフィーユ、ザ・ロードホースクラブの血統構成。この母は総じて体質の弱い産駒ばかりを送り出しながら、サンクフィーユに代表されるようなロマンティックをくれる名繁殖候補です。

2歳重賞を勝つだろうとPOG指名した同馬はまず2歳戦に出てきませんでしたが、年明けの新馬戦は才気煥発といった内容。ドスローとはいえ緩い馬体で前に取り付いて、直線では川田がパワーで動かして11.2-11.1を刻みました。中京マイルはコース形態がそうさせるのか、なぜか加速ラップが出にくく、近年の相似形はナミュールとピースワンパラディ程度。わざわざカルロヴェローチェにぶつけて桜花賞に出れなかったのも成長を待てる意味ではプラスに働くかもしれない。秋華賞に間に合えば2、3着付けをたくさん買うつもりです。

②モズロックンロール ―ビーチパトロールの最高傑作―

モズロックンロール

牡3

父ビーチパトロール

母モズソフィ

栗東・藤岡健一厩舎

多田善弘氏生産

5/28 3歳未勝利 京都芝2000

12.6-11.4-12.5-12.5-12.5-12.9-12.1-11.4-11.3-11.1

ビーチパトロールはLemon Drop Kid産駒の芝馬で、権威が死ぬ前のアーリントンミリオンなどG1を3つ勝ちました。引退即レックススタッドにぶち込まれ来日、中央ではシーウィザードが芙蓉S、南関ではライズゾーンが東京湾カップ制覇とまずまずのスタート。しかし真打はこの馬です。

もう新馬戦のない3歳4月の福島未勝利で下ろして、ゲートは0点でしたがそれ以外は悪くないねといった5着、雨の新潟で永島まなみの2着と来ての3戦目。上手にスタートを決めて角田くんがイン3に収納し、前2頭を交わすお行儀のよい競馬でした。3ハロン戦といわれればそれまでですが、このコース、レース上がり3F33秒8以内で加速ラップを踏んだのはこれまでわずか3例、ローゼンクロイツの京都2歳S、ヒルノダムールの若駒S、サトノウィザードの新馬のみ。重賞級の逸材でしょう。ちなみに『ロックンロール』と名のつく曲はたくさんありますが、わたしはくるり、5馬身遅れて曽我部恵一BANDが好きです。

③サクセスシュート ―府中2400で11年ぶりに届けた弾丸シュート―

サクセスシュート

牡4

父ドゥラメンテ

母シニョリーナ

美浦・久保田貴士厩舎

小島牧場生産

6/10 ジューンS 東京芝2400

12.7-11.1-11.5-11.8-12.0-12.0-12.3-12.1-12.0-12.1-11.9-11.8

つくづくドゥラメンテは早世が惜しまれます。日本の血統地図を入れ替えるポテンシャルを数世代だけで証明できるサイアーはそう現れません。

ジューンSはここ3年でサンレイポケット→シルヴァーソニック→ヴェラアズールと骨のある大砲を送り出しており、2000m時代もエキストラエンド、メドウラーク、ルミナスウォリアーなど重賞ウィナーが羽ばたいていった出世レースです。今年も字面から厳しさが伝わってくる淀みないラップ構成で、3勝クラスのレベルでは先行勢がキツくなる、よって後方待機勢が恵まれるという分はあるにせよ、チャンピオンコースを直線一気で撫で切ったのは大したものです。東京芝2400mを15番手以下から差し切ったのはジェンティルドンナのオークス以来11年ぶりのことでした。

この馬はデビュー以来ず~~~っと田辺が乗って、最近はゲートも二の脚も遅いせいでしまいにかけて届かずというレースが続いていました。ただその道中でイルーシヴパンサーと互角に稽古ができるようになるなど着実に力をつけてきたのも事実。56kgでアル共に出てきたらこの馬か2着のシュトルーヴェに本命を打ちます。

④ベルパッション ―異才ダノンレジェンドが送り出した函2最有力候補―

ベルパッション

牝2

父ダノンレジェンド

母メイショウトモシビ

栗東・西園正都厩舎

三嶋牧場生産

6/18 2歳新馬 函館芝1200

12.4-11.2-11.5-12.2-11.7-11.6

ダノンレジェンドは本場アメリカですら根絶間近のヒムヤー系という点で特異の位置を占める種牡馬です。ベストリーガードやらモックモックやら渋いところを送り出す繁殖能力はスーパー母ちゃんマイグッドネスのパワーもあるんでしょうか。

新馬戦はゲートをのっそり出ながら中団にスッと取り付いて馬群の中、4角を進路さえくれたらあとは任しといてくださいという顔で回ってきて、2着ドレッドが内でじっとして直線1頭分だけ外に出し、函館の1200はこう走るんですよという手本を見せるところ、まともに走った最後の150mだけで捉えてしまった。仕上がりも脚も早い2歳馬たちがゾロゾロ出てくる北海道シリーズでも抜けた内容でした。

2017年以降の同コース2歳戦で、ラスト2F23秒3以内の加速ラップを踏んだのはカシアスの未勝利とアスターペガサスの新馬しかなく、2頭はともに次走で函館2歳Sを制しました。快速自慢たちが揃う中でゲートの出方だけは気がかりですが、普通にスタートさえ切れば勝ち負けでしょう。単5倍ついてくれるといいのですが。

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