(アーカイブ)敬愛するヒガシウィルウィンへ

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※過去、別の名義でアメブロに書いていた文章の移植版です。

 

ヒガシウィルウィンの引退に寄せて

敬愛するヒガシウィルウィンへ。

気取ってオシャレで洗練された文章を書こうと思ったけれど、誰に読まれなくても、誰に評価されなくてもいいから、今日だけはあふれる感情と感謝を、思いつくままに拙い日本語に起こしていこうと思います。

私にとって、あなたは、鳥肌が立つほど強くて美しくてカッコいい、「地方競馬」の象徴でした。あなたが、「地方競馬」という熱くて素晴らしい世界を教えてくれました。

大学の競馬サークルで、目新しさを求めて発足した「地方馬POG」。それまで、馬券を買うことはあっても2歳戦の開幕から考えたことなんか一度もなかった地方競馬を、初めて真剣に調べた機会。

南関東クラシックをホッカイドウ出身馬が席巻していること。サウスヴィグラス産駒が地方なら2000mまでこなすこと。グランド牧場という名門があること。キハク牝系という名血があること。門別は角川厩舎と田中厩舎の2大巨頭であること。そんな初めてたちを知って、出会ったのがヒガシウィルウィンでした。

栗毛の小さな馬体で、いつも一生懸命に走ったヒガシウィルウィン。栄冠賞で2着に入り、サンライズカップを鮮烈な差し切りで勝利。

思えば地方競馬と私の邂逅は、バルダッサーレが圧勝した東京ダービー。「中央」が、『レベルの低い地方競馬』を蹂躙していく残酷なサマと、その屈辱を味わいながらも決して折れることなく反発する地方の魂。そこが原点でした。

それを思い出させるように、北海道2歳優駿で出会ったエピカリスという怪物。離された2.4秒差。全日本2歳優駿で牝馬リエノテソーロにつけられた1.8秒差。そんな大敗にもくじけることなく、船橋の名伯楽・佐藤賢二厩舎に転厩し、ニューイヤーCと京浜盃を快勝。しかし、羽田盃でまたしてもぶつかったのが「中央」の壁でした。

キャプテンキング。ヒヤシンスS5着から南関のクラシックをさらうために転厩。のちに南関東の雄として重賞4連勝の活躍を見せる彼も、この時は憎い仇敵。追っても追っても、声援をめいっぱい張り上げても詰まらない半馬身差の2着。やはり、地方馬では「中央」に勝てないのか……。

でも、森泰斗騎手が私たちにくれた力強い言葉。

「次は逆転します。」

それから1か月後。私はまたも大井競馬場にいました。4コーナーで、「森さん、差して!」と叫んだあとはふわふわとして記憶が定かではありませんが、ゴール後一緒に来ていた友人と抱擁したことはなんとなく憶えています。

7月。JDDももちろん現地。もう、喉が壊れて一生しゃべれなくなってもいい、と思いながら応援しました。本田正重騎手による一世一代の好騎乗で、内から抜け出しをはかるサンライズソアを撃破。「内からサンライズソア、外からヒガシウィルウィン、ヒガシウィルウィンが抜けたかゴールイン!」の実況は、耳にしみついて離れなくなるまで繰り返し再生しました。

そのあとは決して、3歳7月に思い描いたような輝かしい競走生活ではなかったけれど、門別、船橋、門別、船橋、盛岡と渡り歩いたあなたの44戦に、何一つとして恥ずべきところなどありません。盛岡でもう一度あなたが先頭ゴールする姿を見られたときは、涙が出るほどうれしかった。

願わくば、あなたのラストランだけは万難を排して現地に駆け付けたいと思っていたので、突然の引退でそれが叶わなかったことだけが心残りです。けれども、そんな些末なことは、あなたが無事に現役を終えて種牡馬入りできるという慶事に比べればなんてことはありません。

ヒガシウィルウィン、ありがとう。初めての世界をくれてありがとう。興奮をくれてありがとう。感動をくれてありがとう。歓喜をくれてありがとう。そういえば、大学のサークルで出会って、今や仕事でも遊びでも世話になりっぱなしの頼もしい後輩と出会ったのも、あなたが勝った東京ダービーでした。貴重な出会いをくれて、ありがとう。長生きをしてくれればそれだけで私は満足だけれど、ほんのちょっとだけ欲張りを言えば、あなたのような素晴らしい競走馬を、父として送ってくれれば、それ以上に嬉しいことはありません。

ひとつの時代が終わり、またひとつの時代が始まっていく。そうして、競馬は紡がれてきた。

私は一生、この名馬のことを忘れないし、一生をかけて語り継いでいきたい。今はただ、「お疲れさま。」と「ありがとう。」だけを残して、思い出を噛み締めたいと思う。

敬愛するヒガシウィルウィンへ。

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